第4回 プロ野球選手のママに聞く、運動と学業の両立 - 頑張れ!スポーツキッズママ

第4回 プロ野球選手のママに聞く、運動と学業の両立

2013年にドラフト1位で読売ジャイアンツに入団以来、最優秀防御率や最多奪三振のタイトルを獲得するなど、大活躍の菅野智之選手。今回は菅野選手のお母さまに、小さいころから息子さんをどう励まし、サポートしていらしたのかを伺いました。

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教えて!菅野選手はどんな野球少年でしたか?

小学1年生のときに、地元の軟式野球チーム、東林ファルコンズに入り、高学年ではエースで4番になった菅野選手。小さいころから負けず嫌いで、勝つために、すごく頑張る子だったそうです

菅野詠美さん

読売巨人軍・菅野智之選手のお母さま。お兄さまが巨人軍前監督の原辰徳氏、お父さまが元東海大学付属相模高等学校野球部監督の原貢氏という野球一家に生まれ育つ。「智之が食べたいというものを食べさせていましたよ」とほほ笑む、おおらかなお母さん。

とにかく負けず嫌い。負ける悔しさをバネに頑張る子でした

私の兄(読売巨人軍前監督の原辰徳氏)が野球をやっていたのと、父も指導者(元東海大相模高校野球部監督の原貢氏)、主人も野球をやっていましたので(東海大相模高校野球部出身)、智之も小さいころからボール投げで遊んだりしていて、小学1年生のときに地元の野球チームに入りました。当時はJリーグも人気で、サッカーに行く子も多かったのですが、野球を選びましたね。環境的なこともあり、それは自然な流れだったと思います。

智之はとても負けず嫌いな子で、トランプなどのゲームで負けても、泣いてじだんだを踏んで悔しがっていました。だから、人ができていて自分ができないことがあると悔しくてしかたない。そこをバネに頑張れる子でした。

※写真は小学3年生の菅野選手とお友だち

子どもがやりたいことを一緒に楽しみました

野球を始めたころは、プロ野球選手に必ずしもなってほしいとは思っていませんでした。とにかく、智之が熱中するもの、「やりたい」というものはなんでもやらせて、一緒に楽しみました。プラモデルやゲームも一緒にやったし、キャッチボールも中学くらいまでやっていました。週末には、智之の野球の応援に行くのも楽しみでした。それは主人も一緒です。

主人は体育会系で口では厳しいことを言いますが、それも智之を思ってのこと。とにかく夫婦で、子どもにかかわってきたという自負はあります。授業参観で親に「来ないで」という子がいるようですが、智之は逆で「来てね」という子だったんです。だから、私は今も智之のおっかけです(笑)。

野球と学業はどう両立させましたか?

野球と学業、親としてはどっちも頑張ってほしいと思いますよね。菅野選手は、持ち前の「負けず嫌い」が幸いして、学業も自ら頑張る子だったそうです。

常に本人の意思を尊重。勉強にも負けず嫌いの影響が

小学生のころは、負けず嫌いなこともあり、自分からよく勉強していました。学校で課題の達成などが張り出されるようで、上位に入りたかったんだと思います。だから、私が「勉強しなさい」と言ったことはありません。

中学校で軟式野球部に入ると、朝も夕方も練習があり大変だったと思うのですが、学習塾にも週2回行っていました。そのときも自分で通う塾を決めてきました。何をやるかはいつも自分で決めますね。意思の強い子に育てようと何かしたわけではありませんが、小さいころから智之がやりたいことにはなんでも賛成し、行きたいという所には連れて行きました。それがよかったのかもしれませんね。

※写真は小学3年生の菅野選手。このころからピッチャー。

食が細く、ガリガリ。でも牛乳は飲んでいました

3880gで生まれてきて、もともと大きめだったと思いますが、実は食の細い子で、大学1年生くらいまではガリガリで細かったんです。主人は体を大きくさせたいから「食べろ、食べろ」と言うけど、本人は苦痛で泣いて嫌がることもあり、主人が見ていないすきに「ペッ」と吐き出させて助けてあげたりしたこともあります。

だから栄養バランスというより、本人が「食べたい」「作ってほしい」というものを作って食べてもらった感じです。幸い好き嫌いはなく、野菜もよく食べたのでよかったです。牛乳も好きで、1日2ℓは飲んでいました。おかげで大きくなれたのかもしれません。

息子が進路を選ぶとき、親にできること

小中学校は地元の公立校へ通い、高校で東海大相模、大学は東海大学に進学した菅野選手。高校を卒業してからの進路については、悩む息子を前に、夫婦で意見が分かれたそうです。

全寮制の高校時代、挫折を感じる息子に…

小学校と中学校は地元の公立校に通いました。中学では、野球部の指導者がたまたま東海大相模高校の出身で、県大会で優勝して、関東大会まで行きました。高校進学時はいくつかの高校を見学に行きましたが、東海大相模を選びました。高校は家から車で5、6分の距離でしたが、全寮制で寮に入りました。

週に1回帰宅できるのですが、入学当時、家に帰ってきて「練習したくない」ではなく、「寮に帰りたくない」と言って泣いたことがあります。肩を痛めたり、東海大相模にはシニアチーム出身の子も多いので、中学では部活で軟式野球をやっていた智之はつらい思いをしたりすることもあったようで。私は「だったらやめていいよ」と言いましたが、主人は「何を甘ったれたこと言ってるんだ!」と怒っていました。

※写真は小学生の菅野選手。家族旅行にて。

内心では進路に迷っている気持ちがわかっていました

高校を卒業するとき、本人はプロに行きたかったようです。私の兄からは「プロに入ってもランクは低い。行かないほうがいい」と言われましたが、本人は「それでも行きたい」と言って、進路希望も大学進学でなく「就職」と書いて出していました。主人は「どんな形でも行けるんだったら入って、そこで頑張ればいい」と言っていましたが、私は大学進学をすすめました。

もし本当に実力があれば、大学に行ってからでもプロに行けるだろうし、大学生活もかけがえのないものだと思ったからです。もし本人が「何がなんでもプロに」と言ったら譲りましたが、あのときは本人も悩んでいると感じたので、あえて大学をすすめました。智之が小さいときからずっと一緒に遊んだりしてきたから「どう思っているのか」がわかるんです。そして智之は大学進学を選びましたが、結果的に大学でいい成績を残せ、プロへの道ができてよかったです。

※次回(8/28更新予定)は、菅野投手の子ども時代のメンタルの課題、挫折があったときに親としてどう向き合ったかについてお伺いします。

菅野智之選手のインタビューを掲載

学童野球をやっているキッズたちに配布される「ベースボール手帳2017」に、菅野選手のインタビューが掲載されています。野球少年少女に役立つお話がいっぱい。

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マクドナルドはスポーツキッズを応援しています

公益財団法人全日本軟式野球連盟では、小学生チームのクラスを「学童部」としています。登録しているチームは全国で約1万2000チーム。一般に「学童野球」とよばれ、日本マクドナルド株式会社協賛のもと、毎年全国規模の大会「マクドナルド・トーナメント」が開催されています。各地区予選を勝ち抜いてきた強豪が出場する大会は、「小学生の甲子園」として全国の野球少年少女のあこがれの大会となっています。

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高円宮賜杯第37回 全日本学童軟式野球大会 マクドナルド・トーナメント

全出場チームが決定!

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全国学童軟式野球大会 マクドナルド・トーナメントの全国大会出場が決まったチームが最寄りのマクドナルドに招待され、団結式が行われました。地域の方、店舗クルーが応援メッセージを書き込んだポスターや、チーム名を入れた横断幕が店舗からプレゼント。チームのキャプテンからは全国大会への抱負が発表され、ハンバーガーを食べて元気いっぱいの野球少年少女たちは、全国大会への決意を新たにしました。

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